December 7, 2005

第29回特別サラウンド塾 エリオット・シャイナーを迎えて Elliot Scheiner

By. Mick Sawaguchi
日時:2005年12月7日
場所:三鷹 沢口スタジオ
講師:エリオット・シャイナー
テーマ:エリオット・シャイナーの音楽のサラウンドデザイン

[ はじめに ]
2005年12月7日の音の日を記念した「音の匠」の顕彰で今回国内から3名内沼(ミキサーズlab)沢口(パイオニア)西尾(SONY)が永年のサラウンドに対する功績で表彰されました。特別賞としてアメリカからエリオット・シャイナーが音楽サラウンドとカーオーディオへの取り組みで表彰され来日しました。この機会を捉えて7日午後にエリオットを迎えたサラウンド寺子屋を開催しましたので、彼のサラウンド音楽制作に対する熱い思いをレポートします。

沢口:エリオットに改めて6日の音の匠「特別賞」授賞にオメデトウを言いたいと思います。今日は、エリオットが今まで制作したサラウンド作品を聞きながら彼の考え方を我々に話してもらおうと平日ですが特別寺子屋を開催することにしましたサラウンド寺子屋へ海外から講師で参加してもらうのは今回が初めてです。エリオットは、グラミー賞エミー賞など受賞しているアメリカPOPS音楽のキーメンバーで1997年以降積極的に5.1CHサラウンドによる音楽制作を行ってきました。

ドナルド・フェイゲン、スティーリーダン、イーグルス、スティング、エリック・クラプトン、バン・モリソンなど多くのサラウンドMIXを行っています。またホンダの高級車に搭載のPANASONIC サラウンドシステムPROJECT にも参画。カーサラウンドの普及にも積極的です。ではエリオットよろしく!

デモー01
最初にハイビジョン5.1CHサラウンドで放送されたイーグルス再結成記念コンサート2004-10 inメルボルン コンサート。(再生)

エリオット:ライブコンサートの録音は、誰しも経験するように大変難しい仕事です。それは会場にきた観客のみなさんへ提供する音とレコーディングとしていい音を録音したいという両者を完全に一致できないからです。私が使いたいと思うマイキングと演奏をじゃましないで音をとらえるという点で私にはとても大きな挑戦でした。今日DAWのおかげでいいテークを編集することも効率的に行えるようになりました。イーグルスのLIVEは、大変バンドとしてのまとまりがいいのでツアーの演奏をセレクトしてベストなトラックを作るのは容易でした。

次にLIVEコンサートでの私のサラウンドデザインに対する考え方をお話します。私は、コンサートLIVEで誰もが行うようなサラウンドデザインはやりたくありません。すなわち演奏パートがフロントにあり観客やアンビエンスがリアにあるといった通常のデザインです。私は、目を閉じてその音楽が360度のパノラマの中にどう表現するのがベストなのか?を優先にデザインしています。リスナーの皆さんがちょうど演奏ステージの真ん中にいて、そこで聞いているかのような空間を作りたいのです。でも大部分のプロデューサやディレクターは、そうしたデザインを望んでいません。しかし、これは私の信念でデザインしているのでそうした声に耳を貸さず、私の考え方を貫いているのです。(笑い)リスナーが「こんなサウンドデザインでいままで聞いたことがない!」と驚くような音楽を提供したいのです。今までにない「新鮮さ」と「他と違う」という事を私は重視しているからです。

参加者からの質問:
Q1:この録音ではオーディエンスマイクをどう使いましたか?
エリオット:メルボルンの会場は1万人の収容で、8本を使っています。4本が、会場内オーディエンス用で、2本は会場へ向けて、2本はステージへむけています。ステージのアンビエンス用は、4本でこれも2本が外側へ2本が内側という向きでセットしています。大変シンプルなセットアップといえます。

Q2:これは誰もが知りたいと思っていることですが、サラウンドで音楽を表現する場合のあなたの考え方をお聞きします。
エリオット:私は、従来のフロントL-R を重視するデザインからリアの2つのチャンネルをどう有効に使うかという点を重視していますのでこれから色々な作品を再生しながら実際にどうデザインしたかをお話します。

デモー02:
これはスティリーダン・ドナルドフェイゲンの最新作でちょうで完成したばかりです。この2曲目を聞いてみてください。(再生)
ではもう一度これをL-Rだけで聞いてみましょう。(再生)
L-Rチャンネルには、Bs Vo, SN,KICK OH, KEYが配置されています。次にセンターとLFEだけで聞いてみましょう。ここにはメインVoとBs,SN,L-GtがLFEには、Bs Kick,Tom類が入っています。次にリアのサラウンドチャンネルを聞いてみましょう(再生)ここにはH.H OH, Chorus,Gt,などが入っています。全体としてベースはフロント、ドラムスは全体、ギターはリア キーボードはフロントメインで、リアに少しこぼす、といった構成ですが、リアチャンネルをいかに重要視するかが私のポイントです。ですから再生側もフロントがいいスピーカでそれ以外は廉価なスピーカといった組み合わせでなく全て5チャンネルが同じ品質のスピーカで再生することを念頭にデザインしています。

ドナルドは、最初自分の音楽をサラウンドで作りあげることに反対していました。「そんなものは、俺の音楽をじゃまするなにものでもない」と。しかし、私が、ブラスセクションの入った曲でBSx/TSx/Asx/Cl/Fl/Tpをそれぞれのチャンネルに散りばめて聞かせたところ「これはすごい!いけるね」と考えを変えてくれました。Gtがリアチャンネルにありますが、この場合にもほんの少しフロントにこぼしています。こうすることで音場全体のつながりがスムースになるからです。キーボードについても、メインはフロントですが、リアにも少しこぼしています。私以外のサラウンドMIX をやるひとのなかにFL-SLやFR-SRといった側面のステレオペアで構成する例をみかけますが、これは、リスナーがフロントを向いて音楽を聴く場合有効なデザインとはいえません。それは、我々の聴覚が側面からの受聴に鈍いからなのです。横をむいて聞くのであればそれで成立しますが・・・

大事なことは、どうサラウンドのデザインを行うかは、アーティストによって全く異なるという点です。ですから私は、いつも新たなデザインをそのアーティストの最良のイメージに合うように考えなくてはなりません。それが音楽に新鮮さを与えることでありまた自身の経験ともなるわけです。イーグルスとスティーリーダンは違うコンセプトなのでそれぞれに合った方法を考えなくてはなりませんでした。

デモー03
では次の曲を再生しましょう。これは1969年の録音でバン モリソンの音楽です。8トラック録音でこの中にはモノーラルDrm/Gt/Bs/Voと残りにバックコーラスが入っているだけです。これをどうサラウンド音楽として表現すればいいのか?私は、彼のスタジオを訪問して話し合いました。マスターテープを聴いて思い出したのは、当時のスタジオ録音でした。このときの配置をイメージしてリアファンタムセンターにDrmsをおき、少しフロントセンターとLFEにもこぼしています。フロントは左右にGt/Bsをおきバックコーラスはリア、バン モリソンのVoは全体へ配置しています。たった6トラックの音源からどんなサラウンド空間が作れるのか聞いてください。(再生)

デモー04
次にきいてもらうのはフレーミング リップスというWildでCrazyなバンドです!このサラウンドMIX が終わりバンドリーダが音を聞きにきていったのは「いい音に仕上がっているね、ところでこの音楽が全体でぐるぐる回っている、メリーゴーランドにのって聞いてるようにしてくれないか?」というリクエストでした。これは私も考えたこともないデザインでしたので、挑戦のしがいがありました。4年前当時アナログテープ録音でアナログコンソールのNEVEを使っており今のように便利なDAW など無い時代でしたのでトータル60チャンネルの音源を回すためには大変苦労した思い出があります。(再生)

Q3:大変スムースに全ての音源が回転していますが、実際にはどうやったのですか?
エリオット:私の秘密なのでしゃべりたくありませんけど(笑い)。実際大変でした。アナログコンソールのFinal Mix 5CHをさらにSONYDMR-100 デジタルコンソールにいれて5CH MIXトラックごとにパンニングをメモリーさせていきました。たとえばMIXの終わったFL-CHだけをONにしてこれをビートにあわせて360度パンニングさせます。これが終われば次にC-CH成分を、次はFRを次はSR, SLと繰り返していくのです。現在はYAMAHA DM-2000といったコンソールにこうしたツールが搭載されてきましたので。容易に実現できる時代ですが。

デモー05
次に聞いてもらうのはエリック クラプトンのLIVE です。これは461 Ocean Bvdのクラブで行われたLIVE録音でクラプトンと4人のGt/Chorusです。
(再生)
この場合は4人のGt/Choを4つのスピーカFL/FR/SL/SRへ定位させエリックは、センターから全チャンネルにいます。こうすることでグループ全体の一体感が表現できたと思っています。
Q5:モノーラル音源を他のチャンネルにこぼす場合、どういった方法があるのですか?
エリオット:この例で言えば、リアのGtがあったとして反対側へリバーブの成分を送ります。その配分はあくまでメインに定位させたGtの音色をじゃましない程度にしておきます。こうすることで全体の音場が一体感を持って作り出すことができるからです。

Q6:これは質問ではなく今日エリオットさんのデモと話を聞いての私のコメントです。今まで私はサラウンド音楽といえばクラシックのホールを再現するといった高臨場感のためにサラウンドが有効だと認識していました。しかし今日の内容で、サラウンドの表現は、臨場感の再現に止まらず、非常にクリエーティブな表現手段としても大変有効であることがわかり、有意義でした。
エリオット:有り難う御座います。私は1967-1996年という長い間ステレオ制作に携わってきました。しかし私がサラウンド サウンドという表現を初めて聞いたときに「これは私にとって全く新たな挑戦と人生が開ける」と感じました。ちょうど1958年にマーク ダニングが制作したステレオLPをきいてパーカッション音が左右に動くという驚きを体験しスピーカが2つになったことで可能性が拡がったことに感動しました。今日5つのスピーカとなったサラウンドサウンドはこれがさらに拡大し我々は全く新しい世界を得ることができたのです。

イーグルスの「ホテルカリフォルニア」のサラウンドMIXを聞いたリスナーはみんなリアに拡がった多くのGtサウンドが醸し出す豊かな表現に驚きました。オリジナルはアナログ24ch録音ですがこのなかでGtが占めるトラックは14CHもあります。しかしステレオMIX ではそれらがすべて2つのスピーカの中へ無理矢理押し込めなければなりませんので、十分なニュアンスがでませんでした。これを解き放ったのがサラウンド サウンドです。私のやり方はまずステレオMIXで完成させ、その後サラウンドMIXをやります。

Q7:映像がある場合と映像が無い場合でMIX に変化はありますか?
エリオット:私は、映像がある場合も無い場合も常にサウンドを重視してMIXします。イーグルスのLIVEもそうしました。サウンドとして360度の空間を使い切るためにどうデザインするかを重視しているからでイーグルスのメンバーも同じでした。彼らもMIXが完成して聞くときに映像はOFFにして純粋に音だけで判断しています。時に映像のカットと音楽のデザインが合わないといったシーンも見られますが、そこは無視してあくまでサウンドとして完成したバランスを優先しています。映像があるとサウンドが完成されてなくても相乗効果でよく聞こえるといったことがあるので、私は映像に惑わされないMIXを心がけています。(笑い)

沢口:長時間有り難う御座いました。最後に今後サラウンド制作に取り組みたいと考えている人々にコメントがあればお願いします。
エリオット:一度サラウンド サウンドを聞けばステレオに戻りたくないと思うでしょう。若い人たちは確かに携帯音楽をヘッドフォンで楽しんでいます。しかし優れた音とはどんなものか?を経験していないのです。どうしたら彼らにその体験を身につけてもらえるか我々はともに考えなくてはなりません。もうひとつ私が力を入れたのはカーオーディオでのサラウンド再生です。今や多くの人が自動車のなかで音楽を聴いています。自動車の特徴は座席が固定され、スピーカも固定された一定の環境がある点です。日本の家庭ではまだサラウンド音楽を誰でもが楽しむというまで普及していませんが、自動車は普及していますのでここでの高品質サラウンドは大きな魅力になると考えています。今後もサラウンド サウンドに挑戦していくことが私の責務だと考えています。今日はどうもありがとうございました!(了)


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