September 22, 2020

Jazzアルバムの5.1CH制作とPOPS サラウンドMIXの分析

By Mick Sawaguchi UNAMAS Label C.E.O

はじめに

Jazz音楽は、凝縮近接音場型のサウンドというイメージが1950-60年代のJazzレーベルによって確率されて以来モノーラルか、ステレオ音場から次のサウンドをなかなか見出しにくく、筆者のレーベルでもApf等ソロ楽器以外のバンド編成では一貫して2CH制作を継続してきました。SA-CDなどでJazzのサラウンドアルバムもありますが、筆者がイメージするような世界観と異なっており、どうやれば凝縮感とサラウンド音場が両立できるのかを検討してきました。

今回UNAHQ 1023 Circle Round Tomonao Hara Groupの3枚目となるアルバムでアーティストも制作側も納得出来る5.1CH制作が実現しましたのでその実際を紹介します。 


また参考資料として筆者がこれまでDVD-AやSA-CDで分析してきたJazz. Popsジャンルの5.1CH MIX例,特にフロントL-C-RNO使い方について紹介します。


1 今回のサラウンドイメージと準備

Jazz Tpの原朋直さんは、前作からメンバーにApf Keyの参加を得て編成は、Tp. Sax. Apf.  Gt. Cb. DrumsというSextetになりました。この編成ならうまく空間に配置できるのではないかと思い、前作『Time in Delight』の音源を使用して実験に取り組みました。大まかなイメージは、以下に示すような定位を前提としてMIXしてみました。


これは通常の2CH MIX定位からel-Gtをリアへ変更したイメージとなります。

フロントのブラスセクション、Cbs, Kick, SNはこれまでのファンタム・センターをハードセンターへ移行しています。しかし実験の結果これだけの楽器をモノーラルのハードセンターへ定位させると全体のレベルを2CH MIXに比べて大幅に低くしなければバランスが収まらず結果Jazzの持つ迫力と凝縮感が損なわれます。後ほど紹介するように海外のPopsアルバムでは、ほとんどの楽器の定位はこれまでの2CH MIXと変わらずファンタム・センター定位でハードセンターにはおまけ程度にVoxやBs Kick SNが溢れているという対応もなるほどと思う次第です。そこでフロントL-C-Rをどうのように使い分けて明確なハードセンターと全体のレベルを維持できるかを検討しました。以下に楽器別の定位と実際のマイキングを紹介します。


1−1 Tp. SAX

映画音響のサウンドデザインでは、センター成分の表現を行う場合に3タイプの使い分けがされています。

◉ ハードセンターのみ

◉ ハードセンターが70%でL-Rダイバージェンス成分が30%

◉ 逆にハードセンターは30%でL-Rダイバージェンス成分が70%


明確なハードセンター定位で迫力を維持するため今回は2番目の方法を採用することにしました。このためTp. Saxについてはそれぞれ2本のマイキングとしコンデンサー・タイプとリボン・タイプとすることでハードセンターを強調することにしました。またLs-Rsはリバーブ付加でなくスタジオにオムニマイクペアを設置し実音を取り込んでいます。


1-2 Cbs

Cbsは、実験の結果ブラスセクションに負けないリズムキープを実現するためにL-C-Rを均等に使うことにしました。

そのためマイキングは3本のマイクとし以下のような定位としています。ブラスセクションのハードセンターをマスキングしないようにL-Rに比べてハードセンターのマイクは豊かな低域重視のマイクとしています。





1−3 Drums

ドラムはほとんどをL-Rファンタム定位としKick2本のうちの1本だけをハードセンターへ定位としました。


1−4 Apf. Key

Apfは、L-Rファンタム定位でスタジオ内に設置したオムニマイクペアをLs-Rsに定位させています。Keyは、line-out 2CHのみですのでL-Rファンタムとリアには4CHリバーブを付加しました。


1−5 elGt

実験時で一番納得できたのはGt AMPです。これは、X-Yステレオで録音した音源を単純にLs-Rsに配置しただけで十分な音場が出来上がり筆者も驚きました。



2 スタジオマイキング

実験で試みた楽器別の定位を実現するためにスタジオでのマイキングは以下に示すような組み合わせとしています。通常の2CH録音に比べてマイクが多くなっているのですが、極力スタジオの実音をサラウンド音場で活用するためのマイキングです。


3 5.1CH MIXとフロントL-C-Rの構築


3−1最終的なサラウンド定位

以下に楽器演奏楽曲とM-06 M-10で見られるVox-Chorusの定位を紹介します。




M-06とM-10はVox Chorusが主役ですのでブラスセクションはサポート役として以下に述べるような2タイプの定位としています。



3−2 サラウンドMIXのFinal Check表示

Final Mixを行った曲毎のプロジェクトからそれぞれの楽器別分布とレベルをFinal Check機能を使って書き出しました。画面左が全体定位分布、右側がピークレベルとTPレベルを示し、下側にチャンネル表示L-C-R-Ls-Rs-LFEがありますのでどんな分布かを参照してください。


a ブラス L-C-RとLs-Rs

ブラスの迫力を出したい曲ではL-C-Rフロントのみとし、ブラスの空気感があったほうが良い楽曲ではLs-Rs 成分を付加しています。




b ブラス M-06 M-10の定位

この2曲はVoxとコーラスパートがメインとなるためブラスセクションは、控えめな定位としています。



c Cbsの定位

CbsはタイトなリズムをキープするためL-C-Rフロンを均一に使っています。


d Drumsの定位フロントとLs-Rs

ドラムのソロパートがあるM-05ではブラス用のLs-Rsオムニマイクペアを利用して空気感を出しました。スタジオ配置を見ると分かりますがこのペアはちょうどブラスとドラムブースの中間に設置してあります。


e  ApfのフロントとLs-Rs

ApfもApfをフィーチャーした曲ではCO-100KペアをLs-Rsに配置して空気感を出しています。


 f  elGtの定位

KM-184ペアを素直にLs-Rsに配置しフロントには少しだけ4CHリバーブを付加しています。


g  Vox Chorusの定位

X-Yペアでそれぞれ2声部、3声部でオーバーダビングしたトラックをフロントとLs-Rsに配置しています。



こうした音源はサラウンド向きで良い効果を出すことができたと思います。


3−3 2CHMIXと5.1CHMIXの曲別ラウドネス値とTrue Peak値比較

最後に2CH MIXと5.1CH MIXFINALにおけるラウドネス値とTrue Peak値を示します。国際規格ではTrue Peak値はMax -1と規定されますが、今回はやや上回ってしまいました!


4 資料編

音楽の中でもJAZZやPOPSのようなバンド編成でフロントL-C-Rをどう活かすかは、アイディアが必要です。筆者は、これまでDVD-AやSA-CDでこうしたジャンルの5.1CH MIXを解析してきましたが大きく分けて3つのタイプに分類することができます。以下のそれぞれの特徴と代表的なMIXのサラウンド配置を紹介します。


4−1 音楽5.1CH MIXから見た3つのタイプ

a 擬似サラウンドMIX

これは、筆者から見れば詐欺行為といえるサラウンドMIXで2CH MIXをそのままフロントL-Rに配置し、同じ音源をレベルは、低めでリバーブを付加しLs-Rsに配置するという見せかけのサラウンドソフトです。かつて映画ではOPENINGのジングルが昔のままでサラウンドMIX時に同じ手法で擬似サラウンドしていた例がありますが最近は新録音しこうした擬似サラウンド音は聞かなくなっています。


◉ Beach. Boys PET SOUND MIX BY Mark Linetto and Brian Wilson


◉ Marvin Gaye Let’s Get it on MIX BY Jeff Glixman



 b フロントはファンタムL-R中心で構成しセンターCHはおまけ

POPSジャンルのサラウンドMIXで最も多くみられる配置でボーカル、ドラム、ベースといったキーとなる楽器はほぼL-Rファンタムで構成しおまけ程度に、これらの成分をセンターに配置したMIXです。

これはアメリカのグラミー賞受賞ミキサーなどが ”家庭にあるサラウンドシステムはほとんどがL-R-SPに比べてC-CH SPは小型で品質も劣るので重要な音は入れない” といった発言をした影響が大きかったと思います。


◉ Bjork MEDARA MIX BY Valgeir Sinurdsson


◉ Shirley Horn HERE’S TO LIFE MIX BY Al Schmitt


◉ Donald Fagen Morph the CAT MIX BY Elliott Scheiner

 


◉ Bonnie Raitt Nicks of Time MIX BY Ed Cherney


c センターCHの有効性を活用

フロントL-C-Rの特徴を生かしてC-CHを積極的に活用したMIXです。ボーカルなどはファンタム音像に比べ明快で定位も安定しています。


◉ George Benson Songs and Stories MIX BY Don Murray


◉ Art of Noise DAFT MIX BY Dan Vickers


◉ Linda Ronstadt What’s New MIX BY George Masenburg


◉  Dire Straits Brothers in Arms MIX BY Chuck Ainlay


終わりに

アーティストも納得できるなら5.1CH MIXもリリースしたい旨伝えてリーダーの原朋直さんに同じ音源を2CHと5.1CHで比較試聴を7月8日に行いました。もし(こんなのは我々の音楽じゃない!)と言われたら2CH MIXだけリリースにしておこうと思って試聴に臨みましたが、結果は、原さんご自身も初体験のJazz 5.1ch MIXを気にいってくださり、無事8月2日でリリースする運びとなりました。

参考にUNAMASレーベルでも数々のライナー・ノーツを執筆していただいています評論の長谷川教通さんがこれを聞いて寄せてくれましたコメントを抜粋で紹介します。


"もの凄く新鮮な感覚で聴きました。JazzといえばやっぱりBlue noteとかImpulseとか、しかもモノ-ラル時代からのイメージが強くて、ステレオ時代に入ってからもShureのM44カートリッジにJBLのスピーカーを組み合わせた輪郭線の太い描写が、とくにオールドファンの聴感覚に染みついている気がします。そのようなイメージからすれば、Jazzとサラウンドの組み合わせは馴染みがないかもしれません。しかし、今回のサラウンドミックスを聴いてみれば、まさに目からウロコです。

 まず強烈な印象を残すのがセンターchの存在です。前方3chで描き出されるのは、2chステレオの音像感とはまったく違います。2chの場合は2本のスピーカーの間に貼り付くように並ぶ仮想音像が特徴ですが、センターchが加わることでより実体感のある音像が現れます。ドラムやベースがそれぞれのパースペクティブな空間をともないながらリアルに描き出されます。センターchに加えてリアchの情報が大きな役割を果たしているのは言うまでもありません。

それぞれの楽器によって描き出される音の空間図形が自在に伸縮しながら絡み合う……このうごめくような感覚、アーティストのエネルギーが空間で交錯する化学反応を起こす感覚は、クラシックでもあまり経験できません。Jazzプレイ特有の面白さではないかと思います。

 そして驚異的なのがトランペットやサックスで、この浸透力は何だろう?ステレオじゃあり得ないと感激してしまいました。前方から後方に向けていっきに筆を入れるような潔さ。そのサウンドが脳みそを刺激するのです。そう、これはリアchに配置されたギターの役割が大きい。リアにギターを感じることで、サラウンド音場のリアルな存在が明確になる。だからトランペットの音が飛ぶんです。

 サラウンドといえばライブ会場の雰囲気を再現する……といった受け取り方をされることが多いと思いますが、今回のサラウンドはまったく次元が違います。フロント側にはステージ上の演奏リアchはアンビエント成分といった、いわば演奏を「記録する」ためのサラウンド録音から、5chという武器を駆使してより積極的に「表現する」ことにかかわっていく行為です。アーティストたちが発散するエネルギーのぶつかり合いや共感から生まれる音楽の醍醐味を、サラウンドが作り出す音響空間で演じてみせる。アーティストとミキシング・エンジニアの共同作業による挑戦的で斬新なアプローチだと思います。"

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長谷川教通