February 10, 2013

第80回 サラウンド寺子屋 Canon C-300によるデジタルシネマ「KEYNOTE」制作


By Mick 沢口 サラウンド寺子屋塾 主宰

テーマ:Canon C-300によるデジタルシネマ「KEYNOTE制作




講師:
阿尾 茂毅 キーノート 監督 音楽担当
染谷和孝 サウンドデザイナー 東海サウンド
山田 克之 サウンドエンジニア






期日:2012年10月20日               Wink2代々木スタジオ ステージ−01



沢口:今回のサラウンド寺子屋塾でちょうど80回の開催となりました。70回目は、今日も参加しています作曲の上畑さんが音楽サラウンドについて講演してくれたのですが、時の経つのは早いものです。



今日のテーマは、阿尾さんの初監督デジタルシネマ「KEY NOTE」のサラウンド制作についてサウンドを担当したみなさんから紹介していただきます。今日の開催場所もこの作品をMIXしました同じWink2代々木スタジオのステージ−01での上映という大変ぜいたくな寺子屋となりました。会場を提供していただきましたWink 2福田さん、そして本日のオペレーションをしてくれますスタッフ高久さんに感謝申し上げます。それでは、最初に監督の阿尾さんから制作までの経緯を紹介していただいてから本編を再生したいと思います。

阿尾:この制作のきっかけは、CanonC-300というカメラを使って何かやろうという福田さんの提案から始まりました。最初は、プロモーションビデオができればいいね、と話していたのですがC-300というカメラがデジタルシネマをターゲットに開発されたということでショートムービをやろうということになり、監督も決めて脚本を一緒に書いていました。借りるスケジュールが、変更になり予定の監督が参加できなくなって、1週間前に急遽私が監督もやることになりスタートしました。ストーリーは、若手作曲家の創作の苦悩と彼女とのラブストーリを絡めた内容で30分強です。







● 制作スケジュール

制作スケジュールは、4日間ロケ、その後のオフラインからオンライン映像編集で一ケ月、音のPRE-MIXで3日、FINAL MIXが2日間というスケジュールです。ロケーションは、熱海周辺で行いました。
音声は、サラウンドで制作ということで同録関係を山田君にサウンドデザインは、染谷さん、そして音楽は、私という旧知の仲間で行いました。それでは、上映します。その後で同録担当の山田、サウンドデザインの染谷さんから制作の紹介をしてもらいます。

再生:拍手

● 同録音声について
山田:今回の同録とFINAL MIXで台詞/音楽パートを担当した山田です。阿尾さんは、私の師匠になります。阿尾さんから、アフレコせず同録メインでやりたいという希望を受け、いつもはMKH-416を使うのですが今回SANKEN CS-2を使いました。MKH-416EQポイントが違うのでなれるまで少し時間かかりましたが、自然な台詞が仕上がったと思います。


定位は、基本ハードセンターで台詞に関連したアンビエンスをリア側に定位しています。阿尾さんは、音の立場でいつもは私に「監督が音のとれないような場所をロケにする時は、遠慮なく変更を提案しろ」と言われていましたが、今回は、川のそばでのロケとなりPRE-MIXでは、ノイズ除去のためのプラグインiZotopeを駆使しました。(笑い)

山場になるスタジオでの音楽録音シーンは、純粋な音楽トラックとは別にカメラ横からドキュメンタリー風な現場音声も収録して使い分けることにしました。

● サウンドデザイン.効果音制作について
染谷:東海サウンドの染谷です。初めての方もおられるので簡単に自己紹介します。私は、主にゲームや映画作品のサウンドデザイナー、そしてミキシングエンジニアとして仕事をしております。最近は、プラネタリュームやアニメーション作品の映画などに関わっています。


本作品では、監督である阿尾さんがメインのサウンドデザインもやっていますので、私はそれをサポートする立場で参加しました。私のアプローチとしては、作曲家が作曲で悩んでいくと、周囲が何も見なくなってしまう性格をきちんと表現すること、また彼女とのラブストーリーを派手なサラウンド音響を駆使するのではなく、日本的な同録中心のサウンドを自然に聴いて頂けるようなサウンドデザインを心掛けました。


● ワークフロー:
今回に限らずサウンド制作におけるポストプロダクションでのワークフローは、大きく4つのプロセスに分割されます。

具体的には録音 編集 PRE-MIX FINAL MIXと工程が進められます。国内では、このうち特に重要なPRE-MIXに重きを置かず、いきなりFINAL MIXに入るため、サラウンド環境
での適切なバランスや定位、リバーブの調整が出来ていません。
私はこの慣習を何とか改善したいと思い、機会がある毎にPRE-MIXの重要性をお話しています。
● PRE-MIXの目的
1 素材のチャンネル数を軽減しFINAL MIXでの負担を少なくする。そのため最終MIXを 
  イメージした定位や音質、レベルを設定する。
2 全てがちがちに固めないで修正の余地を残しておく
3 ダイナミックスは、十分確保する
4 演出意図を理解したミキシングデザインを行う


実際の手順としては、台詞パートを固めてそれに沿ってSE部分を構成していきます。
 REVについては高価なものでは無く、多くのスタジオでも広くに使用されているプラグインを使います。私の場合は、D-VERBRE-VIBEを基本にしています。D-VERBは、フロント/リア用に2セットRE-VIBは、サラウンド定位分(5.0ch)5セットを用意し、ダイアログ素材から導き出した各シーンのテンプレートを最初に作成します。あとはそこから素材によってパラメータを変更して、各素材にフィットするように微調整を行います。

台詞の持つ帯域をマスキングしないサウンドデザインを心掛けるために定位や周波数バランスを整理します。
では、今回のSE関係について紹介します。大きく8つのカテゴリーで構成しています。
1 アンビエンス 屋外  20トラック(ステレオ素材)
2 アンビエンス 室内  14トラック(ステレオ素材)
3 波関係          0トラック(ステレオ素材)
4 小道具関係      6トラック (モノ素材)
5 車通過音       13トラック(ステレオ素材)
6 Foley-01        7トラック(モノ素材)
7 Foley-02        7トラック(モノ素材)
8 ドア関係+LFE    11 トラック(ステレオ素材)
となります。モノーラル換算で計156トラックとなります。基本的に考えられる効果音は全て創ります。Final MIXでは、消去法で用意した効果音の中から不必要なものを削除していきます。




サラウンドでのアンビエンスは、ステレオ素材を使う場合が多いのでフロント用とリア用と役割分担をさせながら取り囲む感じをさりげなく構成します。この場合に必ずやっておくことは、ステレオでモニターして位相キャンセルによる音質変化が無いことをチェックしておきます。LFE成分を作る時は、必要な低域成分のある素材からDBX 120XPというサブハーモニックス発生器を通して低域を作ります。この時もチェック項目としては、オリジナル音と生成したLFE音でわずかな遅れがでますのでそれをタイミング補正しておくと言う点です。私の経験では、大体8-SFくらい遅れます。

● PRE-MIX時のチェックポイント
サウンドデザインを行う場合に様々な要因を考えながら素材を構成していくことがFinal MIXで成功するキーとなります。
1 音の役割を十分果たした素材が用意されたか?
2 必ずガイドで台詞トラックを聴きながら台詞をマスキングしていないかチェック
3 リア成分は、必ずステレオでモニターして位相キャンセルが無いことを確認
4 各PRE-MIXは、Final MIXで使うであろう適正レベルを予想してそのレベル付近でしっかりと表現意図が出るようにします。

これはPRE-MIXの際によくあるケースですが、受け取る効果音素材がすべてフルビットに近いようなレベル創られていることがありあます。もちろん適正レベルではありませんから、PRE-MIXでレベルを下げることになりますが、レベルを下げると音のテンションが変化します。当然聴こえ方も変化します。フルビットでは良く表現されていましたが、レベルを下げてしまうと表現されなくなってしまいます。要するに適正なレベルで効果音を創らないと、正確な表現意図が再生されない危険性が多くあります。

PRE-MIXで各素材のブラッシュアップを正確かつ、意図した通りに行えていれば、Final MIX作業の80%は成功したと言っても過言ではありません。ですから、再度強調しておきたいのは、Final MIXに進む前のPRE-MIXでしっかりとした準備を行うことです。

● PRE-MIXでのデータの作成方法は、以下に述べる2つの方法があります。
1 すべてをDAW内部で完結する方法私は.DATAPRE-MIXと呼んでいます。
2 もうひとつは、外部コンソールやエフェクターを使う方法私はコンソールPRE-MIXと呼んでいます。
それぞれにメリット、デメリットがあり、前者は変更や修正に迅速に対応できますが、音素材などが見づらくなってしまい、状況をすぐに把握できずに操作ミスを引き起こしやすい点です。サウンドデザインを行う場合は、この両方をコストやスケジュール、内容によって使い分けるスキルを持っていることが大切だと考えています。今回は、前者の方法を採用しました。

● サラウンドMIXのポイント
1、各素材をどこから再生するのか?定位のパズルに気を配る。
2、周波数配分を考慮して、各素材に含まれる音色が相殺していないか?
  周波数構成に注意をする。
3、最後はトータルバランスを考える。
の3点を上げておきたいと思います。


● FINAL MIX


FINAL MIXは、映画の場合、映画館再生を想定してMIXしますので音場も通常のポストプロダクションと異なり大規模、大空間 大音量となります。ですから基本的にDCP上映も含めて映画作品である以上、通常のMA室などでミックス作業を行う事は、ひとりのエンジニアとして非常に危険なことだと考えます。
さて今回は、台詞/音楽で一人、SEで一人という2マンMIXを行いました。台詞と音楽は、密接な関係があるので一人でバランスをとるのが良い結果を生むと考えているからです。DAWは、台詞/音楽関係で1台、SEは2つに分割して2式の計3台のプロツールズを使いました。ここから5.1CHFINAL MIXD-M-Eの各ステムMIXを完成させました。以上が今回の大まかなワークフローとなります。

沢口:では、阿尾さんから音楽パートの紹介をお願いします。

阿尾:では簡単に、音楽は、LFEを使わないでしっかり低域まで表現できるように作曲しました。ボーカルは、ハードセンター定位で、それ以外の楽器を全体にちらばしています。今回は、気心の知れた仲間でMIXをやりましたので音楽は、5CHMIXした完成形で作りました。そうでない場合は、最終でのバランス変更に対応するため極力楽器別のバラ素材でもっていきます。映像との関係でバランスを変えることは今回せず、あくまで純音楽としてのバランスを優先してMIXしています。他の機会があれば映像に同期した音楽バランスというMIXも是非やってみたいと思っています。



沢口:みなさんありがとうございました。最後にQ&Aにしたいと思います。

Q-01 SEDAWを2台にした理由は何ですか?
A:1台でも容量的には十分ですが、小さな素材音もあり画面が見えにくくなるため2画面としました。さらにSEの修正などを私と青木君でやりましたので別々のほうが操作もしやすかったためです。

Q-02 スタジオシーンでの演奏シーンに出てくるカットバックシーンでのアンビエンス感が大変すばらしかったのですが、どういった工夫をしたのですか?
A:当初音楽のMIX素材と現場で同録したスタジオ音を使い分けてやろうとしましたが、同じテンションが維持できなかったので、音楽MIX音だけでカットバックシーンは、そこから加工して作成しています。

Q-03 定位のパズルを解決するというコメントがありましたが、具体的にはどういったことをやるのですか?
A:様々なケースがあるので一概には言えませんが、基本は「何を一番聞いてもらいたいか?」を考えて各素材の定位を考え、お互いがマスキングしないようにすることです。例えば大爆発の効果音とヒソヒソ声の台詞が同時にあるといった場合に台詞のハードセンターは爆発効果音が入らないようにして、ファンタムセンター定位を使い、台詞の領域を確保することが重要なってきます。

Q-04 彼女が店内でいるシーンで雷を背景に使った意味は、なんですか?
A;約束を守らなかった彼氏への怒りを代弁するという意味もありましたが、それ以外にあのシーンが映像として間延びしているので音でタッチをつけるという意味もありました。映像を補完するという役割もサウンドの大切な役目の一つでもあります。

Q-05 同録に入っているアンビエンスをうまく馴染ませる方法は?
A;同録で入っているアンビエンスをよく聞いて、それに近い素材を用意することから始めます。ステレオ素材であれば、ハードセンターへ入れた時の位相干渉がないことをモニターでチェックして使って下さい。
撮影で、ゆとりがあればロケ現場のルームトーンを数分でいいので録音しておくとこうした場合に有効です。ただし、使っているシーンの時間帯も考えておかないと朝と夜では、同じ現場でも音のニュアンスが異なりますのでそこも注意してください。アンビエンスをサラウンドで使いたい場合は、ステレオ素材の前半、後半で分割して一方をフロントへ残りをリアへと振り分けて使うと馴染みの良いサラウンドアンビエンスができますので参考にしてください。

Q-06 同録が使えるか、アフレコするかの判断はどうやってすればいいのですか?
A;今様々なノイズ削減プラグインが出ています。まず同録をどれくらいきれいにできるかをトライしてみてください。全帯域にわたるホワイトノイズ系は難しいですが、特定帯域のノイズであればかなり押さえることができるようになりました。DAW内のプラグインだと使用できる長さに制限がありますので単体機器になっているタイプがお勧めです。

Q-07 今回のようにサウンドの分かる人が監督をやるとどういったメリットを感じましたか?
A;共通の言葉で会話できるので意思疎通は、大変楽でした。監督をやる時に、全体のサウンドイメージができているので撮影などでもスムースでした。しかし、やってみて思ったのは、監督になると視点が変わってサウンドだけで見ないようになるということも経験しました。ですから川のそばをロケ現場にしてしまった訳です(笑い)。
先ほど染谷君も強調していましたが、国内映画製作では、あまりPRE-MIXを重視していないことで生じるデメリットを今回のワークフローでPRE-MIX重視で行ってみて色々なデータもとれましたのでこれは今後有効にアピールする材料にしたいと思っています。

Q-08 撮影監督DPとはどういった関係で進行したのですか?
A;今回のカメラは、これも旧知のカメラマンで移動撮影や映像美感覚に優れた人でしたので絵コンテを渡して以降の現場でのアングルやショットはすべて彼にお願いしました。
今後C-300といったデジタルシネマ用のカメラをもっと追い込んで絵作りができるとすばらしい世界が手軽に出来る時代になると実感しています。

沢口;キーノートの制作に関わった皆さんから貴重なお話を紹介していただきました。また会場を提供していただきましたWink-2スタジオ 福田さん、スタッフのみなさんにも感謝申し上げます。



 

ベルリンでのオーケストラ・サラウンドレコーディングについて:SPECIALリポート


はじめに:
このすばらしいリポートは、名古屋芸術大学の長江さんが昨年春から1年間の予定でベルリンにてクラシックの録音制作を勉強にいっている間に、経験した数々の成果のひとつとしてサラウンド寺子屋の皆さんむけに特別にリポートしてくれた内容です。

ドイツにおける「トーンマイスター」の勉強やその制度などについて多少の知識をお持ちのみなさんもいると思いますが、長江さんは1年間大学講義からさなざまなレーベルのクラシック制作を自身の目と耳で経験している貴重な1年間です。長江さんは、毎月ベルリンで経験したソフトからハードまでの気付きをメールで送ってくれていますが、その中からもヨーロッパ音楽の底力を伺うことができました。このリポートは、その中でもポリヒムニアの録音によるサラウンド制作が大変詳細にリポートされています。
なかなかクラシックの本格的な録音の機会が少ない日本の皆さんに大変有益なリポートですので是非熟読してください。
貴重なリポートをまとめていただいた、長江さんに感謝です。(Mick Sawaguchi 付記)



ベルリンでのオーケストラ・サラウンドレコーディングについて:SPECIALリポート


            名古屋芸術大学 音楽学部 音楽文化創造学科 長江和哉     
RSB

1.概要
 この報告は2012年5月にベルリン•フィルハーモニーで行われた、ペンタトーン・クラシックス (PENTATONE CLASSICS 以下ペンタトーン)とドイツの公共放送ドイチュラントラディオ•クルトゥアー (Deutschlandradio Kultur 以下DLR)とのコ•プロダクション(共同制作)による、マレク•ヤノフスキ指揮 RSBベルリン放送交響楽団 (Marek Janowski, Rundfunk-Sinfonieorchester Berlin ) の3枚組SACD「ワーグナー•タンホイザー」(Richard Wagner Tannhäuser)の制作リポートである。この作品はサラウンドとCD-DAレイヤーを持ったSACDハイブリッドディスクとして2012年12月20日に発売された。

2.レーベルと録音ついて

 ペンタトーンはフィリップス・クラシックスが源流で、2001年にオランダで設立されたレーベルである。これまでの全タイトルをSACDハイブリッドディスクでリリースしている高音質志向のレーベルとして知られ、ケント・ナガノ、パーヴォ・ヤルヴィ、ユリア・フィッシャーといった世界的なアーティストの名演を数多く揃えた名門レーベルとして親しまれている。録音は同じくフィリップス・クラシックス・レコーディングセンターが源流で、1998年に独立したレコーディングカンパニーとなったポリヒムニアのジャン=マリー • ヘイセン氏 (Polyhymnia International BV Jean-Marie Geijsen) とDLRの録音チームと共同で行われた。

3.制作の背景
 ペンタトーンは自社設立10周年の2011年に向けて、今までどのレコード会社も行っていなかった以下10のワーグナーの主要オペラの録音を、同一の指揮者、オーケストラ、コーラスで行うことを決めた。RSBベルリン放送交響楽団とベルリン放送合唱団は3シーズンに渡り、それらのオペラをコンサートに組み込むこととなり、そのオーケストラと合唱団の運営母体であるDLRが、ペンタトーン、ポリヒムニアとコ•プロダクションし、コンサートとその数日間のリハーサルを録音して制作をしており、ワーグナー生誕200年の2013年中すべてのオペラのリリースされる予定である。


1. Der fliegende Holländer さまよえるオランダ人2010年11月9〜13日
2. Parsifal パルジファル2011年4月4日〜8日
3. Die Meistersinger von Nürnberg マイスタージンガー2011年5月30日〜6月3日
4. Lohengrin ローエングリン2011年11月8日〜12日
5. Tristan und Isolde トリスタンとイゾルデ2012年3月23日から27日
6. Tannhäuser タンホイザー2012年5月1日〜5日
7. Das Rheingold ラインの黄金2012年11月18日〜24日
8. Die Walküre ワルキューレ2012年11月18日〜24日
9. Siegfried ジークフリート2013年2月25日〜3月1日
10.Götterdämmerung 神々の黄昏2013年3月10日〜15日
 
 オーケストラのセッション形式の録音は、その採算性から少なくなっており、今回のようにコンサートのライブテイクとリハーサルテイクを編成して、原盤を制作する機会が多いのが現状であるが、そのリハーサルスケジュールは、アーティストの負担を最小限にしながら、素晴らしいコンサートと録音を同時に実現するよう綿密に計画されていた。

 公共放送DLRは、ドイツ内のクラシック音楽のさまざまな録音をコ•プロデュースしている。文字どおりコ•プロデュースは共同で原盤を制作するという意味であるが、このDLRのコ•プロデュースは、作品のラジオ•オンエアを行う目的で、録音技術、録音スタッフ、場合によっては録音場所等を援助しながら制作し、作品のリリースは外部レーベルから行うという内容である。2006年からこれまでに、200枚以上の作品をコ•プロデュースしている。
DLRのコ•プロデュースCD作品の一覧:http://www.audire-online.de

 今回のコ•プロデュースの背景には、DLRがDSOベルリン・ドイツ交響楽団、RSBベルリン放送交響楽団、ベルリン放送合唱団、RIAS室内合唱団を運営するRundfunk Orchester und Chöre GmbH (roc berlin)の一番の出資元であることがあげられる。roc berlinは、DLR(40%)、ドイツ政府(35%)、ベルリン市(20%)、ブランデンブルク放送(RBB)(5%)により出資されており、これらの団体は、ドイツの準公共放送オーケストラであるといえる。
 収録チームは、DLR側ラジオオンエア用録音スタッフとして、トーンマイスター、トーンエンジニア、トーンテクニックが参加し、ペンタトーンよりプロデューサー、ポリヒムニアより、トーンエンジニア、トーンテクニックが参加するとても大きなチームであったが、すばらしいチームワークであった。

4.収録場所
 収録は1963年に竣工した旧西ベルリン側にあるコンサートホール、ベルリン・フィルハーモニーで、2012年5月1日から5日に渡って行われた。この通称フィルハーモニーはホールの中心に舞台を配置したヴィンヤード型のホールで、収容人数2,440席、満席時の残響が2秒程度である。ホール最上階にには、フィルハーモニーとDLR、RBBによる録音•中継用コントロールルームが設置されており、今回は、DLRが中継放送と、コ•プロダクションする原盤制作ということで、このコントロールルームが使用され収録が行われた。


Berliner Philharmonie

5.収録方法と機材
 コントロールルームの機材は、コンソール Stagetec AURUSと、オーディオシグナル・ルーターStagetec Nexus Starを中心とした機材で、MERGING Technologies Pyramixがメインレコーダーとなっている。
 図-1に示すのが今回の機材系統で、今回はフィルハーモニーの既存システムに加え、ポリヒムニアよりMERGING Technologies Pyramix、HA Grace Design m802、DAC Prism Sound Dream ADA-8、Benchmark Media Systems AD2408-96等が持ち込まれ、SACD用サラウンド用メインマイクアレイはHA Grace Design m802を経て、Prism Sound Dream ADA-8でADされ、その他のスポットマイク回線はラジオ中継用と分岐されBenchmark Media Systems AD2408-96でADされた。マスタークロックはDCS 904から供給され、88.2kHz/24bitで収録された。

Equipment

Stagetec AURUSStagetec AURUSGrace Design m802,Prism Sound Dream ADA-8Grace Design m802,Prism Sound Dream ADA-8
Grace Design m802Grace Design m802DCS 804,Benchmark Media Systems AD2408-96DCS 804,Benchmark Media Systems AD2408-96

6.マイクアレンジ
 
 図-2に示すのが今回のマイクアレンジである。今回のコンサートは、収録1週間後の5月12日にラジオ中継があり、その後約半年後にSACDハイブリッドディスクとして発売される予定であるため、ステレオ用、サラウンド用の2つのメインマイクを設置した。ラジオ•ステレオ用はDLRスタッフにより、Schoeps MK3S A-Bステレオが設置され 、サラウンド用は、ジャン=マリー氏によりポリヒムニア•アレイが設置された。このポリヒムニア•アレイは、5 OMNISとも呼ばれるが、ポリヒムニアが長年の独自の研究により考案したもので、一般的なサラウンドスピーカーの配置であるITU-R BS775を模したマイク配置である。LCRは4kHz以上の高域に指向性をもたせる球体、SBKを装着した無指向性Nuemann KM130で、LS-RSはSchoeps MK2Sであった。尚、ポリヒムニアは異なる種類のマイクであっても、出力ゲインが同一になるようにマイク本体の増幅回路をモディファイしているとのことである。スポットマイクは天井から吊るされたSchoeps CCMシリーズとスタンドによってステージ配置されたSchoepsCMCシリーズを中心に約24本設置された。カプセルは、カーディオイドCCM4を中心にしながら、弦楽器にはワイドカーディオイドCCM21が選択され、その楽器の放射特性に適した指向性のマイクを、ふさわしい位置に配置しただけで、必要なスポットのマイクの音が得られる工夫がされていた。尚、ポリヒムニアによるのすべての録音は、今回のようなオーケストラでも、ピアノソロでも常に同一のメインマイクを使用し、常にサラウンドで録音を行っているとのことである。

マイクアレンジ (図-2)
ARRANGEMENT OF MICRPHONES

PolyhymniaArray2
PolyhymniaArray3
L-C-R Neumann KM130 SBKL-C-R Neumann KM130 SBKSpot mic Schoeps CCM21, CCM4 etcSpot mic Schoeps CCM21, CCM4 etc

5.ポストプロダクション
 
ポストプロダクションは、オランダのポリヒムニア•スタジオで行われたため、その詳細についてジャン=マリー氏にインタビューをした内容を以下に箇条書きで記す。
  1. 完成尺はSACD3枚組、計約3時間ということであったが、編集は6日間、ミキシングは5日間かけて行った。
  2. 編集後のミキシングは、まずステレオミックスに取り組み、そのあとにサラウンドミックスに取り組んだ。その理由は、ステレオミックスのほうが、サラウンドミックスより、クリティカルで難しいからである。
  3. サラウンド用メインマイクアレイ、ポリヒムニア•アレイの5本のマイクは、L/C/R/LS/RS そのままのチャンネルにアサインされた。
  4. LFEチャンネルは使用しなかった。なぜなら、LFEはエフェクトであって、映画では使用されるが、音楽では使用すべきでないと考えている。さらに、LFEは、ダウンミックスされるとカットされるチャンネルであり、また、LFEレベルの設定は難しく部屋のアコースティックの影響を受けやすいからである。
  5. Spot MicのLCRパンニングは、ファントムセンターではなく、センター•パーセンテージ100で行った。(L-CとC-RのPan)
  6. サラウンドミックスと、ステレオミックスは、それぞれの再生システムによってふさわしくなるよう、異なるパンニングにし、メインマイクシステムも1,2db異なることが多い。また、バンダ•トランペット等ステージ外からの楽器は、サラウンド用にパンニングしミキシングしている。
  7. スポットマイクのタイムアライメントを行った。

6.おわりに
 
2012年4月から1年間、名古屋芸術大学の海外研究員としてベルリンに滞在し、クラシック音楽の録音と、トーンマイスター教育の研究を行う中で、さまざまな方々の善意により多くの録音に立ち会うことてができた。ベルリンには、4つのシンフォニーオーケストラと 3つのオペラ劇場があり、毎日どこかでコンサートがありその多くがラジオ中継され、また、教会やホールでは、毎日のようにセッション録音が繰り広げられている音楽と録音の都であることを体感することができた。
 一晩のコンサートでは最大約2000人程度人々が、その音楽を共有•共感できるわけであるが、このコンサートをサラウンドで録音することにより、その音楽を世界中にまた、時代を超えて伝えていけるというわけで、改めて、録音の意義を感じることができた。
 このプロジェクトは3年の間で、ワーグナーの10のオペラのSACDの収録を行うということで、これは、決して容易なことではなく、オーケストラ、レーベル、録音制作スタッフの努力と、いい作品を作ろうというコミュニケーションがあることで成り立っているということを垣間みることができた。
 今回、このレコーディングレポートについて快くサラウンド寺子屋への掲載許可を頂いた、ポリヒムニアのジャン=マリー氏 に感謝いたします。

 
 SACD Infomation

 Tannhauser Richard Wagner 


 Rundfunk-Sinfonieorchester Berlin,
 Rundfunkchor Berlin,
 Conductor : Marek Janowski
 Released: 20 December 2012
 Label: PentaTone
 ASIN: B0085BFW4K

 Amazon de  Amazon jp


Credits
Executive Producer: Stefan Lang, Maria Grätzel, Trygve Nordwall & Job Maarse
Recording Producer: Job Maarse
Balance engineer: Jean-Marie Geijsen
Recording Team: Wolfram Nehls, Henri Thaon, Johanna Vollus, Maksim Gamov, Gunda Herke
Editing: lentje Mooij

プロフィール バランスエンジニア  ジャン=マリー•ヘイセン
Director & Balance engineer: Jean-Marie Geijsen
 1984年から1988年までオランダ•ハーグ王立音楽院で、バロック音楽を中心にクラシック音楽の録音を学ぶ。1988年から1990年はマスタリングエンジニアとしてキャリアをはじめ、フリーランスのクラシック音楽の録音と、PAエンジニアとして活動する。1990年よりフリーランスとして、フィリップス・クラシックスにてエディター、リマスタリングエンジニアとして、また、1996年にはフルタイムのバランスエンジニアとなる。1998年にフィリップスレコーディングセンターは独立し、ポリヒムニア・インターンショナルとなる。現在はそのポリヒムニアのバランスエンジニアとして、オランダをはじめ、ベルリン、ロンドンなど、ヨーロッパ各地でクラシック音楽録音を勢力的に行っている。これまでに、アルフレート・ブレンデル、リッカルド・ムーティ、小澤征爾、イヴァン・フィッシャー、アンドレア・ボチェッリらの録音を手がけている。


 「サラウンド入門」は実践的な解説書です。